#stayathome
先日、少しの間咳が続き
もしや...と思った。
急激に悪化する事も考えて
すぐさま何をすべきか頭を巡らす。
ー やっぱり間違いないようなら
まず制作中のものがあまりに仕上がっていない場合、何とかしないと
それからざっと部屋を整理し直して
その時点で最低限すべき事を考え、できる事をして
後は羽生さんの演技を観続けられたら ー
しかし20分もしたら何事もなかったように収まり、胸を撫で下ろし
私は再び描き始めた。
本当にそうだったなら、ハンパなく取り乱すのかもしれない。
でもその時はひやりとリアルな緊張が走って
迷う時間はないかと思い
浅いものかもしれないが真面目に覚悟した。
それに
残された時間も、
またどのくらい楽しめる状況であるかはわからなくても
生き続ける中での疲弊感から解き放たれる事に
少しほっとしたんだと思う。
思えば MERS の時は " あぁ 自分も死んじゃうのかもしれないな " と思い
そういえばと、買ったきりしまい込んでいたつけ睫毛を付けてみた。
だからといって誰に見せようという事でもなく
それ以外に何をするわけでもなかった。
あの頃はまだ描き始める前で、他に取り立ててしておきたい事も思い浮かばず
後はもう仕方がないといった感じだったように思う。
今だって基本的には変わらないのかもしれない。
あぁ、そうだ。
すべき行動としてもう一つ付け加えないと。
ここで終えるのも問題が多いし、街中に住んできた身としては
申し訳ないけれど、個人での限界が来たら保健所に連絡後
病院何らかの機関でほんの少しの最期を過ごさせてもらうしかない。
※連絡はまず保健所ですね。
加筆も含め訂正させて下さい。すみませんでした。
しかし現在、医療機関は尋常ではない状況に陥っていて
重い基礎疾患を持った方や要介護の方、またそのご家族も
非常に厳しい状況にある。
今重篤ではないはずと思うものの、まいちゃんの事が気がかりだ。
一方、従事している方々の大変さも想像を絶する。
本当に有難く、ご自身達の心身にも注意できる状態に戻れる事を
心から祈っています。
そのような中、医療や保育に携わる方々に対する差別が生じているのは
全く許し難い話だ。
そういった方向で保身に走ろうとする人達は
他人の痛みや自らに跳ね返ってくる事を、なぜ思い描けないのだろう。
ひたすら買い占めに走っている人達も
最優先で必要な方達に物資が届かなければ
やがて自身へ跳ね返る事に思い至らないのか。
それでも自制できないような脳のトラブルなのか。
私は数年前退院した際、終活を始めた。
別にすぐどうこうという想定はしていないが
誰だって死ぬわけだから早過ぎるなんて事はない。
先述のように即時的にでも考えてみるのは
同じようなものなんだと思う。
それは長かろうと短かろうと
そこから先をより良く生きるためのものだから。
混乱しがちな状況では、思い付いたキーを書き出し
整理してみるのも一つの方法かもしれない。
浮き彫りになるもの
隠れてしまうもの
「皆そうだから」
「今までそうしてきたから」
バイアス
否定
あらゆることにおいての優先順位
寛容
泰然
俯瞰
建設的
具体的
代替
ユーモア
共存・収束・終息
等々
そこから都度見極め、整理し、柔軟に対処する。
そしてそれが容易に行えるよう、面倒でも、大変でも
普段から改善していく事が大切なんだろう。
大掃除は大変だけれど、普段から少しづつ済ませておけば
大掛かりに気合を入れて行う必要がないのと
基本姿勢は変わらないんじゃないかと思う。
それとSNSは使い方によってはとても意義あるツールにできるけれど
混乱の中にある今、負の側面があからさまになっている。
赴くままに口にする、もしくは捌け口にするのは
問題を深め、自らの首を絞めていく事に他ならないはずだが。
見事だと思ったのは
ロシアの外出禁止策により「街中にライオンやトラが放たれた」と広がる噂を
「伝統と効率を考えて実はクマを放っている」と冗談交じりに否定した報道官。
最近は世間の声を反映して、前向きなメッセージなど
明るい話題を提供する向きも多くなってきた。
最大の難局の渦中にあると思える今でさえ
何度見ても笑えたり、胸打つ出来事も
世界中からたくさん受け取る事ができる。
皆で
希望を胸に。
今描いているものは、久々の " Let's go crazy "
どちらかというと自分はプログラムも彼の表情も抒情的なものを好む傾向にある。
でも、この羽生さんの溌溂さたるや !
災いを跡形もなく吹き飛ばしてくれそうだもの !!
ー かつてないくらい予想だにしない甚大なダメージを受けなければ
人類が自ら滅びるのは時間の問題なのではないか ー
そう思い続けていて
世界中がそれぞれに都合の良い主張を強めている今
蔓延し続ける脅威は人の驕りに対する戒めのようだと感じている。
一般に、共通の敵が現れた為に反目し合う仲でも結束するのはよく聞く話だが
そのようにまとまったところで 根本を変えなければ関係性の改善は望めない。
それは多くの人が感じている事だろうし
しがらみや築いてきたものへの執着、守らなければいけない対象への義務感で
進むべき方向へ戻れない人々も捨てきれずに重く感じていたものでもあると思う。
意識を変えられるのか、思い至らない部分がまだあるのか
多寡はあれど各々自らに問いただす必要がある。
そこから根底が変わっていく事に繋げ
この災いも無駄ではなかったと振り返りたい。
ー 自分たちも自然の一部である ー
坂本龍一氏はメッセージを発した。
そう、たやすく驕ってしまうが
人はあくまで自然の一部である事に変わりはない。
立ち返る軸は万人が共通して持てるものであり
それがあれば大きなひずみは生じないのだと思う。
" 羽生結弦 "という人は
あの齢であの立場にありながら驕りを露ほども感じさせず
研鑽を積み続けている。
#stayathome
守りたい対象は、たとえ遠く離れていても自分と同じ輪の中にいる。
辛い事だが、それによって経済的ダメージを被る人達もまた
命あっての物種と どうにか切り抜けて欲しい。
それぞれが根本的な意識を、それぞれに問いただし
有意義な事に繋げていければと願い
もちろん、自分も真っ先にすべき事だと肝に銘じている。
最後に前ブログの後日談を。
数日前、いつもの棚にオートミールが2個あるのを発見。
あと僅かだったので思わず1個買ってしまったけれど
私より必要としている人がいたかもしれないとモヤモヤ。
翌日はやっぱり残っておらず、反省...
でもそこから2日経ち、通常通りにたくさん並べられていてホッとするも
御託を並べつつ、いかに自分が実行できていないかを実感した。
それにオートミールもインスタント食品じゃないかと
そこに至ってようやく気付く愚かさよ...
何はともあれマスクは(ストックはもうほとんどないけれど)
市場が大丈夫そうと見極められるまでは買わないつもりだが。
その、欠品続きであるマスクを手作りするため
手芸品店はかつてないほどの賑わいを見せている。
手作りする機会がなかった人達がこれを機として楽しめればいいな。
手作りは何にせよ、
例え上手くいかなくても楽しいよね。
上手くいかなかったものを無駄にしない工夫もまた面白いし。
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