課題と行く末



フィギュアスケートの季が明けた先日

オンライン " 羽生結弦展2019-2020 " の協力団体として

ANAの企業名が記されているのに目が止まった。

 

  

ここでの「 協力 」が意味するところや        

「 活動を全面的にバックアップ 」という

所属契約の内容などは、全く知り得ないけれど

     

ここ数か月、報道から伝わってくる航空業界の状況は相当に厳しく

その行く末を案じている。

 

 

 

 

2010年の経営破綻後、公的資金を投入されたJALに対し

拡大路線を続けてきたANAは、逆にそれが仇となり

 

かなり負債を減らした時点で国策に対応しようとした事も

結果として、より苦しい現在につながってしまった。

 

 

 

当面の資金調達はできたと伝えられるが、先週の時点で

600億円弱の赤字と、8千億超の有利子負債を抱え

グループ内従業員4万人は一時帰休していると聞く。


オリンピックが中止となれば、ダメージは更に深まる。


 

海外に比べ、日本は両社とも国内路線の方が多かった事は救いであるものの

その状況改善には少なくとも数年を要するという。


 

 

 

COVID-19が現れる以前より指摘されていた、環境への問題も大きい。

 

地球温暖化を引き起こすとされるCO2排出量削減のため

日本の航空会社も対象である規制は強化されつつあり

海外では、飛行機を利用しないよう呼びかける団体も活動している。 



それでも島国である日本では飛行機需要に変化はなかったようであり

燃費の改善にも努めているが

インバウンドに重きを置くところからも、重ねての努力が欠かせない。

 


他の交通機関はと言えば、国内では

国交省の試算する排出量が 現在 飛行機の1/5とされる鉄道に於いても

2050年までに排出ゼロとする計画がJR東日本から出されていた。



ウイルス拡散が国境を超えた行き来により広まった点も幾度となく取り上げられ

その危険性もできる限り減らさねばならず

今後の経営は課題が山積みのようだ。




 



新たなウイルスの問題が取り沙汰されてから 約半年が過ぎ

日本ではビジネス関連のみ、一部の出入国制限が解除された。

 

 

 

その事に対していろいろと思いが巡るなか

早々に出国する予定の女性と話す機会があった。

 

 

 

その後目にしたニュース映像で流れていたのは

同様に仕事で渡航する方々の成田での様子。

 

「 簡易 」と表現されつつ、防護服に全身を包んでいるその姿と

自粛が解かれ、以前に戻ったかのような街の賑わいとのギャップは

何とも言い難い。

 

 

 

自分が接した女性は、ニュース映像の方達とは別の国へ行かれたはずだが

ウイルスに限らず身の安全を祈り

 

日本企業の世界的な活動について

わずかではあるけれど実感に近付けるような感覚を得、改めて考えもした。

 

 

 

他方で、時系列として前後するが

各国でロックダウンが始まる少し前の一般渡航の話は、身近でも数件見聞きした。

 

 

なかで心に引っかかったのは、緊急事態宣言発出前

しかし休校になったからと、アメリカ観光していた小学生の話。

 

その話を交わしたのは、温厚で良識ある印象の

祖母とおぼしき方だった。

 

 

子供達の楽しげな写真も目にしながら

一方で休校のため給食がなく、食べる事さえ困難であったり

リモート学習が受けられる環境の有無などで、学習に差が開いたりといった現状もあり

こちらもそのギャップを まざまざと感じる。

 

 

また、諸事情があるのかもしれないけれど

祖母らしき方に悪びれた様子は一切なく

しかしながら人柄には曇りがないという事に

自分の中で未だ落としどころが見つけられない。

 

 


何のための休校なのか

政府なり学校なり、もっとアナウンスしないと

良識のある人が多そうな年代にも伝わらないのか

 

そこまではと、思うしかないのか。

 

 

 

そもそもの良識とは何かと、自らに問い直す間にも

疑問符が付く出来事ばかりが浮上し続ける。 


 


 


ひと月ほど前のブログで、このところ極端に短くなった

楽曲のイントロについて触れた。

 

 

 

 

ドリカムの中村正人氏も

吉田美和さんの音楽について話す中で言及している。

 

 

「吉田は、行間でものを語るとか

一番からエンディングでやっと種明かしができるような作品作りや

比喩などを得意としていた」

 

「今音楽を聞いて下さる皆さんが、5秒から15秒で判断なされるので

それに対応する方法論をとった」

 

 

 

ドリカムと言えば日本の音楽業界で押しも押されもせぬ地位にあり

生み出される作品は、待ち構えた盤石なファンの方々が

無条件で受け止めてくれるのではないかと思ってしまうけれど

吉田さんであっても、このご時世に合わせなければいけないとは。

 

一方で、従来の表現を好む方々にも受け入れられる要素も必要とあれば

長く創作活動を続けるという事は本当に難しい。

 

 

 

 

そして、この時引き合いにしていた曲である "YES AND NO" について

中村氏が語った。

 

 

ー YES AND NO じゃない わたしだけの YES AND NO を手にする日を思い描こう ー

 

「何かの判断を持てる背景には、莫大な知識とスキルと努力と理解力と包容力がなきゃいけないけれど、思い描く事から始まるんじゃないか」

 

 

 

この言葉は、

 

自分でも繰り返し しつこいかなと感じつつ書き記してきた

 

― それぞれができるだけ広く情報を取り込み

フラットに より望ましい判断ができるよう努める ―

 

という事を裏打ちしてもらえたようで

こちら側の勝手な思いではあるけれど、ありがたかった。

 

 

 

 

 

外出自粛期間中に小麦粉などの製菓・製パン関連商品が品切れになるほどよく売れ

料理する楽しさに目覚めたという話をあちこちで聞く。

 

  

この行動によって、人の根幹にもたらされたであろう変化は

大きな物事が変わるには至らず、大きな痛みと傷だけを残し

状況は未だくすぶり続けているように思えるなか


地味に大きな救いとなっていくのかもしれないと思う。

 

 

 

調理をすればその手順は頭と体に刻まれ、小さな成功体験が積み重なり

失敗しても工夫したり、次につなげられる。

農作物への興味も湧き、社会の仕組みや流れを痛感したりもするだろう。

 

 

窮状にある飲食店が多い中、言うにはためらいがあるけれど 

ファストフードやコンビニ食など、アウトソースに傾き過ぎな食の現状に

考えが及んだ人も多いのではないか。

 

 

 

食材が手元にやってくるまでと、口に入るまでには結構な時間と手間を要する。

 

その事を多くの人が実感したなら

もう少し待てる耐性もできていくのではと期待するのだ。

 

 

 

便利さは、一方で考える事を放棄させていく。

 

 

 

待たない・あまり考えない社会が加速し

その一方で、「ヒマ」との声がこだまする

そんなアンバランスさが整っていく契機となった事を願っている。

 

 

 

 

そして上述した「判断なされる」という中村氏の言葉にも、感じる事があった。

 

 

ここで慎重に語られた流れなら、その敬語遣いは

「判断なさる」か「判断される」でもいいはずだ。

 

前者は迷いなく伝わる敬語であり、後者は受け身の「される」と受け取られかねない。

 

そこで敢えて「なされる」としたのは

全てに急ぎ過ぎな時代へ、少しばかり異を呈したい意味合いを

絶妙に含ませたのではないかと思ったのだ。

 

単なる言い回しか、こちらの穿った捉え方かもしれないけれど

ニュアンスや話の流れ、時代背景等々を考えれば

そういった思いもあるのかと。


  




 

 

 

二代目からの先代。 

言うに及ばず、ニースの動画は幾度も観返したロミオ。


“Nice Romeo” のタイトルで、象徴的な冒頭のシーンも描いた。

 

 

そういった事からも、できればボトムまで入れた

先代ロミオを描きたいと思い続けてきたけれど 

悲しいかな、彼であっても

この年代まで遡ると細部が鮮明にわかる資料が揃わない。

 


しかし自分の描き方では

幾何学的にビジューを散りばめたこの衣装を、よくわからないまま挑むのは無謀だ。

 

 

 

後でCwWの画像をよくよく探せば良かったと思い至ったが

とにかく描きたい一心で見切り発進した今回。

 

 

 

それでも不鮮明な資料をいくつか照らし合わせていけば

何とはなしに輪郭が浮かび上がる。

 

つじつまが合わないところは、順次細々と調節していく。

 

 

そんな風に進めながら思う。

 

 

 

あのプログラム自体もそうだけれど、この衣装はやはり

ティーンエイジャーで演じた彼に最も合ったものだと。

 

 

 

 





つい先日伝わってきたフィギュア関連の発表からは

何か良い事が生み出されるようには思えない。

 

 

 

羽生さんからの短いコメント動画も公開されたが

言葉にしなかったであろう胸の内は伝わってきた。

 



多くのファンの方々は、

同じように受け止めていると思う。

 

 

 


それとは全く別のシチュエーションで

彼が滑っている動画も目にした。

 

 

こちらは一切言葉はないけれど

その表情や全身から伝わるものは、皆から求められていたものであろうし

 

二つの動画に対する世の受け止め方は

やはり両極のようで


多くが圧倒的に正しいはずの方を向いていると力付けられた。 

 



 


ここまで途切れ途切れに綴り続けているなか

大雨による大きな被害が伝わってくる。

 

特に熊本での報告が多い九州全域から本州に亘って影響は広がっており

更に雨は続くという。

 

 

 

この半年を何とか乗り切りかけた矢先

亡くなられた方々の無念さは如何ばかりかと

心からのご冥福をお祈り致します。 

 

また被害を受けられた方々には、一日でも早く日常が取り戻せる事を

そしてこれ以上被害が広がらない事を願っています。



 

自分を含め、その状況にない地域にいられるなら

今できる事と共に、そのような状況に至った原因をできる限り広く追い

自らに落とし込んで考えなければならないのだと思う。

 

 

 



そして、今回最後に書き記したいのは

 

COVID-19による一連を経、修学旅行先として

3.11の被災地が脚光を浴び始めたという事。

 

 

くじけず、正しいと思う道を辿って行けば

思わぬ所で開ける事もあるのだと励みにもなる話だ。

 

 

世界的に油断できない状況は続いている中でも 

皆がしっかり感染防止を続け

言動にも注意して日々を過ごす事は

未だ復興し得ない多くの部分への後押しとなり

 

悲しく苦しい出来事を起こさない

地道な一歩になるのだと思う。




それは課題でもあり


行く末を変えていく事にもなるはずだから。